アンダーロココ唄語:時を止めた男
2002年6月3日さびれた街のかたすみにその店はあった。
くねくねと曲がる、蛇のような小道をぬけて、
僕はその扉を見つけた。
ただ通り過ぎればわからない。
重い扉がとざされているだけで、
屋根の下にはあかりさえもない。
僕は扉をあけて階段をのぼる。
さらなる扉を静かにあけた。
男は時を止めていた。
真っ黒なシルクハット、タキシード。
その姿も、いつの時代のものなのか。
古い木の机に木の椅子に。
右手に持ったグラスの中には、鼻をつんざくアルコール。
左手にはステッキを。
長く黒い棒をかかげた男を、僕はあわててくいとめた。
「だめだよ、そんなことをしたら、
誰もあなたをおぼえていられなくなる」
男は横に首をふる。
それでいいのだと首をふる。
すべての人の記憶から、自分の姿を消すように、
彼は黒いステッキをふる。
僕はそれを片手で受けとめた。
彼の手にしたグラスの中に、鋭い刃がきらりと光った。
「そのおさけを飲んではいけない。
そのなかには、小さな闇が隠れている」
僕はグラスを奪い取り、指をつっこんでそれを取り出した。
果たして指につままれたのは、甘い香りのする赤い花。
魅惑の世界にひきずりこむ、
喜びよりも悲しみにひたされる恍惚。
男は静かに泣いていた。
泣いていたその顔が、僕と同じ顔だったので、
僕はびっくりして口をあけた。
そのひょうしに、赤い花が口の中にすべりこむ。
ごくりと飲み込んだ僕は、あわててせきこんだけど、
ただ、苦い花が喉を通っていった。
男は言った。
「その味を忘れてはいけない。
その花はただ、ひどく苦いだけのつまらない花であることを。
どうか君が、私にたどりつく日まで」
男は泣いて礼を言うと、ステッキを置いて立ち去った。
くねくねと曲がる、蛇のような小道をぬけて、
僕はその扉を見つけた。
ただ通り過ぎればわからない。
重い扉がとざされているだけで、
屋根の下にはあかりさえもない。
僕は扉をあけて階段をのぼる。
さらなる扉を静かにあけた。
男は時を止めていた。
真っ黒なシルクハット、タキシード。
その姿も、いつの時代のものなのか。
古い木の机に木の椅子に。
右手に持ったグラスの中には、鼻をつんざくアルコール。
左手にはステッキを。
長く黒い棒をかかげた男を、僕はあわててくいとめた。
「だめだよ、そんなことをしたら、
誰もあなたをおぼえていられなくなる」
男は横に首をふる。
それでいいのだと首をふる。
すべての人の記憶から、自分の姿を消すように、
彼は黒いステッキをふる。
僕はそれを片手で受けとめた。
彼の手にしたグラスの中に、鋭い刃がきらりと光った。
「そのおさけを飲んではいけない。
そのなかには、小さな闇が隠れている」
僕はグラスを奪い取り、指をつっこんでそれを取り出した。
果たして指につままれたのは、甘い香りのする赤い花。
魅惑の世界にひきずりこむ、
喜びよりも悲しみにひたされる恍惚。
男は静かに泣いていた。
泣いていたその顔が、僕と同じ顔だったので、
僕はびっくりして口をあけた。
そのひょうしに、赤い花が口の中にすべりこむ。
ごくりと飲み込んだ僕は、あわててせきこんだけど、
ただ、苦い花が喉を通っていった。
男は言った。
「その味を忘れてはいけない。
その花はただ、ひどく苦いだけのつまらない花であることを。
どうか君が、私にたどりつく日まで」
男は泣いて礼を言うと、ステッキを置いて立ち去った。
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